パズル制作の裏側 第51話

【前回】パズル制作の裏側 第50話


江戸の文学って……


「復讐奇譚稚枝鳩」「源家勲績四天王剿盗異録」「松染情史秋七草」「近世説美少年録」「女殺油地獄」「慙紅葉汗顔見勢」……これらを御存知でしょうか。


江戸文学のタイトルです。
実は私も先ほど付焼刃的に調べただけなんですけれど。
江戸文学の作品の題名って面白いの多いよなあ、では少し調べてみよう、と。
本誌の姉妹誌『別冊漢字館』Vol.115(6月号)の特集で曲亭馬琴を扱っておりまして、そのときいろいろ調べての感想から。


特集はいつもなかなか新鮮で、定番の戦国時代や平安時代も何度やっても奥が深く(この辺りは資料も細かくたくさんあるせいもあると思います)常に勉強になるのですが、定番でないお題のときは特にフレッシュでそれこそタメになって、、、都道府県テーマなんかも同様なんですけれど。


曲亭馬琴についても「南総里見八犬伝」「椿説弓張月」くらいは名前を知ってるけど(前者は70年代にNHKの人形劇でも扱っていましたし、ふふ、年齢がバレますね)後者はタイトルのみ漢字パズルに関わってからの知見で、それ以外はほぼ未知の世界。
少しばかりの説明を読んで、へえ、琉球・沖縄が舞台なのか、確かに江戸時代ならば別世界だよなあ、などと。
今回このコラムを書くに当たって、変わった(そして扇情的な!)タイトルが多いなあという感想を思い出し、改めて調べてみて改めて驚き、少しだけ並べてみたのが冒頭にあげたもの。


仮名を入れずに漢字を並べるのが流行・オシャレなようで(江戸時代の後期になるほどその傾向は強まってくるように思います)その読み方もなかなかブッ飛んでる。
冒頭でいえば、ふくしゅうきだんわかえのはと、げんけくんせきしてんのうそうとういろく、しょうせんじょうしあきのななくさ、きんせせつびしょうねんろく、おんなごろしあぶらのじごく、はじもみじあせのかおみせ、となります。
「女殺油地獄」は近松門左衛門、「慙紅葉汗顔見勢」は鶴屋南北の作品、他は曲亭馬琴のもの。


扇情的なものが多いというか、エログロ全開というか、「近世説美少年録」なんかも含めて現代のコンプライアンス的には扱えない世界が繰り広げられているように思います。


現在でいうとワイドショーさらには週刊誌が扱う分野といえばよいのかもしれません。
基本的に「画」が付属してして、双方の相乗効果は多大だったよう。
百鬼夜行的な妖怪の絵・画つき読本も人気があったようです。
また、とにかくオシャレというか駄洒落の世界で「異魔話武可誌」(勝川春英)などは喝采を送りたいくらい。
なんと読むかというと「いまはむかし」(今は昔)、いやはや天晴です。
1980年代頃に流行った「夜露死苦」(よろしく)などは江戸文学の正統な後継者ではないかと、笑。


先ほどワイドショーや週刊誌と書きましたが、世話物などは基本的に社会的事件を扱っていますし(近松の「曽根崎心中」「堀川波鼓」「冥途の飛脚」なんかはそうですよね)、おどろおどろしい昔の話の翻案(馬琴はこのタイプが多い)とか、妖怪・妖気ものとか、ギリシャの「オイディプス」もそうですけど貴種流離譚的なものも多い。
つまりこの手のことは歴史的に普遍なのだなと。


あと「復讐」から始まるものが連年で刊行されていたりして「あ、売れたので続き物にしたんだ」などという発見も(「復讐月氷奇縁」の次の年に「復讐奇譚稚枝鳩」を刊行)。
今とあまり変わりませんね。


漢字パズル作家としては長い漢字のみの熟語(タイトルなので固有名になりますけれど)はとても飛び道具的に魅惑的でありがたいのです。
とはいえ固有名なのでそれほど簡単にはマス目では使えない。
せいぜい「南総里見八犬伝」「椿説弓張月」「国性爺合戦」「桜姫東文章」「曽根崎心中」「好色一代男」「世間胸算用」「東海道中膝栗毛」くらいでしょうか。
江戸文学がテーマならば別ですけれど。
あるいはリストにあげるかたちとか。


それでもパズルで使用するごとに(最近はじめた読者の方には申し訳ないんですけれど、そこそこ長い読者の方には)徐々に認知されていくことも実感しています。
固有名は特に塩梅が大切だということを忘れてはなりませんが、江戸文学のタイトルはとても魅力的。
ペンネームも洒落てますよね、十返舎一九とか。


鎖国がゆえの(最近では長崎・鹿児島を含めて、それほど厳密な鎖国ではなかったという学説もあるようですが)徒花的に言われがちの、それでもゴッホなどからアメイジング!と驚嘆された江戸文化、もっと勉強していきたいです。
なにせ、現代語ではありえない漢字の世界がそこにあるのですから。

●このコラムは、難問漢字館Vol.53に掲載されたものです。

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